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お、さるさる日記の2001年問題が解決されてる。 ごくろうさまです。 昨夜は平沢さんが『News 23』にちょこっと出演。 MP3での音楽配信に関する特集。 私はファンだから、 なぜ平沢さんが「レコード会社にいる理由はない」と言ったのか、 「陽の当たらないミュージシャンにはプロモーションとして有利」 と言ったのかがわかるんだけど。 平沢さんの意義は広く一般に伝わったかな。伝わってないだろうなぁ。 CDのパッケージ、なくてもいいなぁ、と思うようになった。 商品としてカタチがあってほしいんじゃなくて、 データが消えるという不安があったんだけど、 MOドライブ買ったしね。 火事になった時とか、 データだけの方がいっぱい持って逃げられるもん。 パッケージのない音楽にお金払いたくないって? 元々音楽はカタチないのに。 私にはおひねりというか、評価をお金に換えてるという意識があって。 お気に入りの音楽には敬意を払うですよ。お金というカタチで。 タダだと言われても気に入らない音楽は捨てる。 プロモーションのCDもらっても、 1度は聴くけど気に入らなきゃゴミだよ。環境汚染。 データなら削除すればいいだけだもんね。キレイなもんさ。 サンプル聴いて気に入ったら買う、でいいんじゃない? 専属のライターさんがいてもまずは聴いてみないとわからんよ。 気分悪くなったらどうすんのさ。逆に金くれ。慰謝料として。 PR 私は恋愛合理主義者なのだそうだ。ココで診断してもらったら。 『恋愛主義占い』 笑う。だって当たってるんだもん。 恋愛に限らないけど、結論を出すスピードは電気信号並み。 デカルトだな、ホントに。考えてばっかり。 感情も理屈で片付けちゃうし。 でも思考だけに頼ってるわけじゃなくて。 お互いに通じ合ってるような感覚が生じると 「これ以上の幸せはない!」ってくらいに高揚しちゃう。 だけどこの感覚に幸せを感じ過ぎて 深入りできなくなっちゃうんだよなぁ。 これじゃ生涯の伴侶をみっけるのはいつになることやら。 比翼の鳥、連理の枝のごとき夫婦が理想っすよ、マジで。 なんて、どこまで本気かわからないけどね。 ※2011年にもう一度占ったら恋愛神秘主義に変化しました。 旧世紀をゆきがかった某音楽使いと「じゃあね」で越えました。 新世紀もやっぱりこの某音楽使いと過ごすんでしょうか? ありがたい事でございますねぇ。 今世紀こそは某音楽家に 「音楽やっててよかった」と思わせるファンになってやろうじゃないの。 といってもなにをどうすりゃいいのかわかんないけど。 音楽界を変えるのは容易な事じゃないしなぁ。 ま、目標がハッキリしてればあとは方法を見つけるだけさ。 でもこれ樹海入り? 今日はどこかから聞こえる威勢のいい太鼓の音で起きた。 正月っぽい! こういうの生まれて初めてかも。 この日記帳は2001年問題に対応できていないようです。 業を煮やした時は即移動します。 そして早くも移動先のめぼしをつけております。 「対応が遅い」は致命的欠点でございます。 と願い乞われて出てくるP-MODELじゃないんですけども。 もう活動速度もCG並みだよ。1年にひとつしかできないヒラサワ。 それほど濃度の高い活動だってのはわかってるから、 文句は言えない。 でもね、もったいない! 私にとって1曲も飛ばさずに聴けるアルバムって貴重なんだよね。 Pのアルバムで全曲通して聴けるのは 田中さんが抜ける前までだもん。 Pは参加するメンバーによっておもしろいくらいに変化する。 実験に立ち会う研究者が‘参与者’となる素粒子の衝突実験のよう。 実験毎に違うスピン、軌跡が現れる。 これまでで1番カッコ良かった軌跡は『音楽産業廃棄物』。 平沢・小西・福間の3人になってからのPは力強く、頼もしかった。 ものすごくエネルギーみなぎった素粒子だったんだなぁ。 長い間楽しませてくれて、本当にありがとう。 21世紀にはどんな軌跡が現れるのか、楽しみに待つ事にしよう。 インタラ話は終わらない。 大阪公演で宅オに努めた際、 クリックするたびに現れたメッセージの内、 ‘単収束客観鉄’という言葉が強く記憶に残っている。 世の中科学を基礎にした客観スタイルにどっぷり漬かっていて 「朱に染まればしゅらしゅしゅしゅかぁ?」と思っていた矢先 だったからかもしれない。 GPに「何が収束しているのかを考えたら 壁を壊すという言葉は使えない」と書き込んだ。 私はこの壁を、主体的であることをやめ、主観を除いてしまった人類の あらゆる客観でできているのでは、と考えたからだ。 腐敗法で使われたフラスコの中身、あれは原油なのではないか? 原油は虫などの生命が長い時間を経てできたもの(たぶん)。 客観を解体するために原油を使うのか…。 ‘壊す’というより‘融解’という感じだ。 そして東京初日、「暗黒」エンディングを迎えた。 これは黙っていられません。平沢さんの作る物語で ‘繋がろうとしない’でいると命取りになるのだ。 積極的にGPに顔を出し、「グッド」をアジり続けた。手を変え品を変え。 おそらく、ずっと言えずにいたのだろう、 マイナス方向の意見を持つ人が出てきた。 内心「いいぞ、いいぞ」だった。 様々な意見が出て来るのは繋がっている証拠。 そこで「ちょっとくどく言いすぎたか」と反省して 「あと○日」の発言を最後にアジるのをやめた。 そしたらエーマッカンが登場。 「一人は次の千年、二人は今、絶えたのだ」と悲しい知らせを運んだ。 壁には新たな客観鉄(墓石?)がふたつ増えていて。 「暗黒」に飲まれ天秤を平衡に保てなくなった(正義を失ったという事) ふたりのエーマッカンは死に絶え、客観鉄に加わり庭園を囲んだ。 この知らせを読んで「グッド」を求めないってよっぽどだよ(何が?)。 こりゃあなんとしても最後のエーマッカンを守らないと。 そんなこんなで最終日にはなんとかグッドエンディングを迎え、 今世紀のアルベドを卒業し、 「自然の夜明けは近い」と期待したいところだが、 これはシミュレーション。 科学の夜明けと共に自然は暮れていった。 科学はいつまでも昼に居座り、自然に光を渡さない。 そんな現代に代替錬金術『賢者のプロペラ』が こころに静かなやすらぎをもたらす。 こうも私がしつこいのは日常は客観との戦いでぐったりだから。 客観がいけないわけじゃない。 主観を忘れずにバランス良く、達観したいと思うだけ。 忍者ブログ | [PR]
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