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以前は『夕暮れ日記を書いている夕』だったが、
これからは『享楽頑迷帳を書いているさわださん』でいく事にした。
‘さわださん’は‘沢田研二さん’から拝借。
母は沢田さんが大好きで、私の子守唄は当然ジュリーだったのさ。
おかげでそんじょそこらの音楽じゃ感動せん。

さぁ今まで以上に楽しみばかりを追いかけて底が抜けていく有り様を
忌憚なくさらす事ができるぞ。
えいえいおー。

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昨日、平沢進さんの作品の著作権を奪還せんと
筑波山まで行って祈願してきた。
日本の道路にめっちゃ詳しい父に地図を作ってもらい、
日常生活にごっさ飽き飽きしている母に車を運転してもらって。
とあるBBSで「著作権奪還祈願に山登り」という発言をした手前、
これは行かにゃならん、と万障背負う覚悟で責任を取ったのだ。
まぁ、誰が発言したかなんて事を覚えてる人なんていないから
責任なんて取らなくてもよかったんだろうけど
(‘なんて’を3回使った。ふわ〜っと卑屈感)。
もう著作権は完璧に奪還できてるのかなぁ?
レスがないと状況がわからん。
で、背負った万障には
精神的負荷がダントツにかかる‘不安’が含まれてて。
母も私も行った事のない場所だから「迷うぞ、絶対」などと言いながら
無事に到着して安心感を取り戻せたと思いきや、
興奮が冷めずぜんっぜん眠れん。
どれだけ興奮すれば気が済むのさ。
お薬飲めばよかったかな。
さ、次は学園都市に行ってテクノを感じてくるぞ!
精神的負荷を覚悟で!
ぢぐじょー!

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「人にやさしくできないのは、人にやさしくされた事がないからだ」
なんて体験学習みたいな意見があるけど、どうだろ?
歌詞なんかでよく「傷ついた分だけ・涙の数だけやさしくなれる」とか。
そんな簡単に‘やさしさ比例グラフ’って作れるのか?

元々この日記は読む人の存在をあまり意識していない。
‘自由に書きたい’を優先中。
しかし好き放題では人様を楽しませる事はできない。
『この先は極個人的な日記です。読みますか?』
まずは訪問者にこんな選択肢を用意したい。
そうすればエンタテイメントできない事に悩まずに済む。

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洞察力を養ってきたとは言え、
相手のすべてを理解しているわけではなくて。

継続は力だ、とはよく言ったもんだ。
「わかってくれてると思ってた」と責められた場合、
私からの答えは「その時はね」なのだ。
たまたまうまく理解できてただけ。
瞬間の連続が永遠に映っていただけなのだよ。
永遠の繋がりを生む力など最初からなかった。プチプチ。

いつも相手の重みに耐えられなくなって逃げちゃう。
でも相手のコンプレックスやトラウマを受け入れるのって大変。
自分のだけでも‘うひゃー’なのに。
だから深入りしないってのは違うね。
頭使うよなぁ〜。
ま、あたたかい場所を創るためにはがんばるしかないか。

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おもしろかったのココロ。
彼方のコンサート会場と繋がってる感覚はばっちし。
インタラとインタラではないライブ、両方楽しみたいのは強欲か?

宅オはネットを介してライブ会場と繋がるのだが、
単純作業に飽きが来ないようにといろいろ工夫がなされている。
今回はクリックする度にエーマッカン(今回の主人公)からの
ふざけた、マジメなメッセージが現れる。
それを読んでいると作業が遅れる、だけど読みたい、
そんな選択も迫られて、おもしろいったらない。

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