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対人関係が苦手な私はやっぱりナルシストなようで。
自分を中心にしか考えられない。湖面に映るは己の姿ばかりなり。
これは‘育ち’というか‘積み重ね’だと。
家庭環境がそれなりに複雑、引越しが多くて村八分、
となれば自然一人でいる時間が多くなる。
よりどころは自分の心だけ。
ここで器用に‘うわべのお付き合いスキル’を身につける人は
ナルシストではない。
どこか陰を持ち続けるだろうけど、周囲の動向に気を配るから。
困った事にそのスキルを持たない私は中途半端な注目を浴びる。
例えば「どうして笑わないの?」と訊かれたりする。
「なんで?」と質問返しをすると
「だってみんな笑ってるのに」というお返事。
その人の中では‘みんなが笑う=笑いどころ’って事なんだろか。
別に集団に逆らってるわけじゃなくて、
おもしろくなかったから笑わなかった。そんだけ。
しかしその人もなんで笑わない私に気づくかな。
‘仲間’に敏感な人は‘仲間外れ’にも敏感か。

性格はいくらでも変えられます(断言)。
生まれた時から真似て成長してきたのだから、
「あんな性格になりたい」と思う人を真似りゃいい。
「でもそれじゃ私でなくなる」という自我の誘惑に負けちゃいけねぇよ。
だってなりたい性格を遠ざけてる事になるからね。
暗示だ、暗示。でも決して「あんな人になりたくない」と念じちゃダメさ。
そうなっちゃうから。
よく「あんな親にだけは似たくなかった」と言う人いるけど、
自分で念じちゃったせいではないかい。
私はなりたい人、懐の深い人にしか近づかない。
これ以上性格悪くすんのもどうかと思うし。
やさしい人々に囲まれて幸せなのは誰よりもアタシ。

こないだ「自分の過ごしやすい環境を作る事に罪悪感がある」
と友達に話したら
「そんな必要ないよ。だってヤなもんはヤなんだから」
とのお答えをいただいた。
次々と私の罪を解消する彼女に
「ステキだ〜、ステキだ〜、スキだ〜」
と告白したのは言うまでも。
あ〜、シアワセにしてもらうばっかりだぁ。

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私が不安を感じるタイプ、それは…

相づちを打たない人

です。これはね〜、不安ですよ、話している方としては。
「メールの返事が来ない!」って
ノイローゼになっちゃう人の気持ちわかるもん。
私はたぶん、聞き上手。そして話し下手。
話していると相手が寝ちゃうか、どこかに魂飛ばされちゃう。
某友達によると「特に電話はダメ!
すっごく気持ち良くなって寝ちゃう」って。
私の話し声は耳に障らず、話すスピードもゆるやかで、
話してる内容は取り止めがない、という理由で眠くなるらしい。
熱く語ってるのに。スヤスヤと安らかな寝息を立ててくれるなよ。
「?…もしもし?」って、空しい…。

血液型別ダイエット、というのがあるそうで。
O型は肉類、A型は野菜類、B型は魚類、AB型はAとBの複合、
だったかな?
それを中心に食べれば太らないらしい。
私O型だけど、肉類は食べないぞ。
胃酸が多いから肉類、と言ってたけど、
肉なんか食ったら半日は横にならないと回復しない。
うどんとか食べたら太るんだとさ。
だからロクに食べなくてもガリガリにならないのか。
なんだか当たってるんだか外れてるんだか、わかりゃせん。

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無責任な事ばっか書いてます。恥の多い雑記でございますね…。

個人の中にあるネット世界について。
人はこの新しいメディアに何を期待しているのか。
言い尽くされてる話題だから詳細は割愛。で、いきなりの結論。
‘ガマンしすぎ!傷つきすぎ!お疲れ様!の自分をセラピーしたい’
こんな夢を見られる場と認識しているのでは。
音楽でも絵でも、人から選別されずに発表できる場だもの。
水を得た魚。
(もちろん邪な欲望も含めて。動機にも純・不純が)

私の場合、メールでのコミュニケーションで
自己主張の激しい性格が「ウゼェ」と疎まれ、
‘サヨーナラ’に発展、かなりガックリきた。
人の主張を聞くのも好きで、時には応援したりもするのだが、
相手が必ずしも私の主張を聞いてくれるわけではなく。
かといって考える事の好きな自分を抑えられず。
そこで、相手が特定されないネットであれば
自己主張しても怒られないんじゃないかと思った。
実際、怒られはしない。
こんなしょーもない雑文をほめてもらう事もあって
ウキウキである。
それがお世辞か本気かというのは問題ではない。
ほめてもらったら素直に受け入れるのが礼儀。
だって感謝の気持ちも素直に伝えたいから(照れるもんか)。
まだ「私はいつも疎まれている」というトラウマは癒せずにいるけれど、
なんとかなるわな。
と、ネットに甘えている現在。

客観的自己にばかりこだわってると自己嫌悪を起こす。
自信喪失している人はここでコケてる気がするな。
自分を過小評価しながらも、人からの評価を受け入れて行く。
これは融合なのか分離なのか。む〜。
融合と分離を繰り返してエネルギーに変化させる、
そんな自家発電ができたらいいな。

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5日、ネット世界ではなぜこれほど関係を変えて行くのか
考えてみよう、と書いた。
まだテレビ電話みたいなツールはなく、
文字だけのコミュニケーションのクセに‘最先端’なネット。
顔が見えない(表情がわからない)事が
どのような自家中毒を起こすかを考えた。

私のココでの振舞いはオフラインの世界とあまり変わらない。
匿名性があると言ったって、内気で話し掛けられない部分を
カバーしてもらうだけのもので、至って平和。
しかし、いつどんなスイッチを押すかわからない。
許容量も人それぞれで、自分の何気ない一言が
騒ぎの一端を担う可能性アリでドキドキ。
そもそも私はマイナス思考で卑屈で
無価値感を抱え込んでいるネクラである。
けども、この性格を持ち込まないよう、冷静でいる心構えが必要だ。
なぜならココでは文字のコミュニケーションしかできない。
言葉に抱いている印象というのは様々で、
個人個人で表現や使い方が違ってくる。
それを自分の読み取り方だけで処理していたら
トラブルになるのは必至だろう。
英語教室のCMでもわかるように、
ある1つの言葉(「サンキュー」だっけ?)でも言い方は色々。
直接会っていれば声の強弱や表情で意味は付加されるが、
ネットではそれがない。
あまりいい印象を持っていない人間から発せられた「サンキュー」と
すごくいい印象を持っている人間から発せられた「サンキュー」は
別物。
顔の見えないテキストは
受け取る人間がどのようにでも変化させられる。
これ自家中毒のタネ。
悪い方向・良い方向、どちらに育つかは自分次第。
自然、悪い方向に育ちやすい表現を持つ人からは離れていく。
おもしろい事に相手も同じような気持ちを抱くようだ。
感情の共鳴。
もちろんケンカだけじゃなくて恋愛も同じ。

ネット世界での文字上のトラブルは、
相手の表情を自分が補うために自家中毒が起こり、
それを元に引き起こされた感情の共鳴が、
オフラインの世界に比べて格段に増幅するのが原因、
ってな結論。
‘常にニュートラルでいる’が対策。

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「読んでいる」というくらいだからまだ読んでいるわけです。
作者の宮沢章夫さんという方はかなり、
柔軟な思考の持ち主である。と思う。
「と思う。」と付け加えたのは
「そうでもないぞ」や「そんな作家は知らない」という方に向けた、
言い訳かつ一条の光なのだよ。
…一条の光?
用法を履き違えましたか。
「用法を履き違える」って日本語はないだろ。
用法は履物か?ハヤリのミュールだとでも?
ミュールがごとき用法とは。
フェミニンな用法。砂地ではDon't用法。
田んぼじゃ農法。船ならヨーソロー。
くだらん。最後のヨーソローなんて韻さえ踏んでない。

宮沢さんの著作を読むと脱力する。
内容の流れに、自然に任せられるからだろうか。
合わない‘流れ’を持っていたり、
文体に馴染めなかったりする作家は「もう二度と」。
しかし宮沢さんの文章であれば
途中でガラッと調子が変わったりしても難なく読める。
知性は高度、伝達能力もハイレベル。言う事ナシの作家さんだな。
今んとこ極上。

小難しい本を読んでいると賢い人間なんじゃないかとか、
本を持ち歩いているだけで
文系の人間なんじゃないかと思われると困ってしまう。
難解度よりも内容の奇天烈さに注目しているだけだから。
「この本は難しそうだ」と先入観を抱いた時点で読む気は失せる。
文系の人間じゃない、の理由は
ただ単に国語の成績が悪かっただけなんだけどね。

口を開くとバカがばれるぞ。

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