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ファン心理について考えるきっかけがあって、「ムム」と。
誰もが同じ気持ちで対象を扱うのだろうか?そんなわけない。
「本人の為に」とキツイ批判を投げ付ける人もいれば、
「本人の為に」と甘過ぎる賛辞を浴びせる人もいる。
その心根には‘期待’が渦巻いているのではないか?
答えの決まっている期待ほど圧力のかかるもの。
本人からすれば、批判されたらヘコむし、
甘やかされたら不安になるだろう。
「何をしても不満を持たれる」「何をしても受け入れられる」
まぁ、極端な話だけど。
期待は要求で底上げされている。

擬似恋愛的に慕う人々は
対象との距離感をどう設定しているのだろう?
近いから好きになるのか、遠いから好きになるのか。
有名人の場合、名誉欲を満たすために利用される事もあるだろう。
これは人間不信になるねぇ。
「本当に好きなのは誰なんだ?」

***

私は本当に大事な事を言い損う。
丁寧に話すせいで、核心に辿り付く前に「もういいよ!」と逃げられる。
これは誤解を恐れるばかりに「じゃあまずは育った環境から」なんて、
気が遠くなるような出発点設置がいけない。
…今まではこのように問題点を見つけだし、解決法を作りだし、
さあ実践だ、ああそれなのに、
また過去の出来事に足を取られて動けない、何がいけないんだろう、問題点を見つけだし…とループしていた。
たぶん、次の段階に進むのが怖かったのだろう。
明かに自分が変わってしまう恐怖。
だからっていつまでも同じ繰り返しでおもしろいか?
ミニマルミュージックでもあるまいし、盛り上がりに欠けるぞ。
さて、のんびり克己でもしようかな。

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本屋さんに行く。「BUBKA」を買いに。
中将が載っているならば、エロ雑誌もなんのその。
勇気凛々、レンタルビデオ形式で文庫本を数冊併せて買った。
しかし自分の選んだ本が
ちっともごまかしになっていない事に気づいた。
太宰治「晩年」、町田康「供花」、大槻ケンヂ「大槻ケンヂのお蔵出し」。
で、「BUBKA」に載ってた女子高生の鳥 肌実(とり・はだみ)ちゃん、
も〜、どうしようもないっ!クッ。
本屋で笑いをこらえるのが大変だった。
頼むから理性で生きる私を侵さないでくれ。

5日は『BRAND NEW ENGINE』という
学生主催のイベントに中将目当てで参加。
どうやらチャリティーも合わせて行われている模様。
どうぞチケット代から持ってって下さい。
演説開始。聞きながら心が飛んでしまった。どこへ?
演説そのものは素晴らしいものだった。
まるで脳から直接引き出した記憶の束を高速で受け取ったようだった。
よどみない無心。
しかしもう、お客をいじるのは難しいだろう。
お客から近づいてしまっては廃人が台無しだ。
今回は手を払う事で回避したが、喜ばれてしまっては…。
喜ばれた上での何かを考えるのだろうか。
中将はもっともっと老けてからが、さらに面白くなると思う。
老人が拳銃を持ってポージング、日本刀を抜いてニヤリ、
素っ裸で説教を垂れる、等々。
すごくなっちゃなくていいんだけどなぁ。
「なんなんだよ」と言いたい。

他の出演者の中ではME-(メー、と読む)が良かった。
しかしあれだけ腰振ってんのにいやらしく感じないのはなぜだ。
MCで「女のコは恋をするとMになる」と言っていた。
へ〜、だからか(私はS気味なのでMの女性には色気を感じない。
いじめたい気にはなる/笑)。
この後演奏された曲が良かったのだけど、タイトル忘れた。残念。

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怒涛の連想雑記は‘書き出す事でわかる深層心理’の実験。
いろいろわかった事があったのでチラチラと。

ほめられて苦しい。
なぜか。
仕事関係では「‘若いから’覚えが早い」と言われる悔しさ。
顔やお肌の場合はプライベートに踏み込まれた恥ずかしさ。
そしてほめ返せない自分の臆病さ。
全てひっくるめて恥ずかしい。
そして「ほめられたならガッカリさせてはいけない」、
この自縛がうっとうしい。
嫌われても「構わない」、
ガッカリされても「期待するな」と言い返せる強さが欲しい。
もっともっと欲しいのは、ほめ言葉を素直に受け入れるこころ。
ほめられて喜んではいけないと学んだのはいつだったっけ?

無口の由来。
母は今でも考える前に話してしまう人。
愉快な人だけれど、バカに「バカ」と、ブスに「ブス」と言ってしまう。
保守的でも短絡的。奔放なのに嫉妬深い。
魅力的だけど深入りしたくない。
「同じ事を2度も言わせないでよ。説明もしたくない」
このプレッシャーに耐える為、
想像力と洞察力を養い、優柔不断になった。
父は寡黙な人。
私が小さかった頃はいつも不機嫌だった(今はそうでもない)。
怒らせない様にと顔色だけで心境を読まなければならず、
口を開く時は限界、怒鳴られるのである。
やはり想像力と洞察力がなければコミュニケーションにならなかった。
話し方モデルとなった人達はみな大人。
子供らしさのない私を「大人しい」と言わないで下さい。
小さい頃からの習慣と一番ラクな人をマネてるだけです。

こんな自分を作り上げたのも自分。
いい加減飽きてもいい頃だろ?

「あるある大事典」の人間関係の回を見た。
人には‘視覚人間’‘聴覚人間’‘全身感覚人間’と三種類あるそうだ。
考えてる時の目線でわかるらしく。順に、上、横、下、と。
私は全身感覚人間らしい。

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いってみたかっただけ。

お茶。
平沢さんが緑茶のレベルを色で表わしている。
とてもわかりやすいと思う。
良いお茶は緑色なのだ。葉の色を想像するといい。鮮やかな緑。
お安いものは黄色。枯れてるから。色あせた葉。
こういう感受性を持たないスタッフと頑張ってるのかと思うと…。
いや、鈍い方がいいのかもしれない。興味を持たれるから(笑)

烏龍茶はのどに来るので飲まない。
紅茶は酸っぱくてダメ。
コーヒーは心臓に負担がかかるので飲めない。
麦茶は嫌いだった。
最初に飲んだのが砂糖入りのものだったのだ。
どうしてお茶に砂糖なんか入れるんだ?
緑茶には入れないだろ?

体重。
けなされて痩せる。ほめられて太る。
痩せるには人からそしられ、嫌われ、蔑ろにされ、
コンプレックスの犠牲になるのが一番。
しかしこのダイエット法ははた迷惑かつ、精神的によろしくない。
今過食に走っているのだ。
毎日毎日ほめられて、苦しい。
ぜいたくな悩みだろうか?
ほめられると猜疑心や不信感が湧く。「何が目的だ?」

無口。
用がなければ話しかけない。
用があっても話しかけずに済む方法を考える。
なぜここまで避けるのか。通じないからだ。
国語の成績は悪かった。漢字で点数を稼ぐタイプ。
感情表現の共通項が極端に少ないせいもあるだろう。
「こういう時はこう感じるもの」、これがよくわからない。
猿蟹合戦、蟹は柿食わないじゃん。

電話。
無口なんだから苦手に決まってらあ。
機嫌が良い時の饒舌と
切羽詰ってる時の饒舌の違いをわかってくれる人はいないのかね。
今電話壊れてて留守電使えない。修理に出さず幾年月。

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ヒラサワFC会報が届く。
GPに寄せられた意見なども反映されており、
いかに参考にしているかがよくわかる。
しかし読みながら、
ネットに繋がない方が幸せかもしれない、などと思ってしまった。
あふれる情報、こちらがコントロールしないと潰される。
振り回されるのもいい加減にしないと。
どうも人の言動・行動に影響を受け過ぎてしまうようで、
今頃「向いてない」と言われた理由が実感を伴ってわかってきた。
かといって撤退するには惜しい。おもしろい人達がたくさんいる。

色気。
支配欲の別称とも思う。
大抵はセクシャルな意味で取られる言葉だけど、それだけじゃなくて。
例えばヒットメーカーと呼ばれる人達は色気の塊。
‘受け手に合わせた音楽を提供する’名目のもと、
後追いでシーンを作ろうとする。
コムロ氏などはわかりやすい例。今「トランス」とかいわれてもなぁ。
これは映画でもドラマでも似たようなもの。
流行りの手法を使ってるのがわかっただけで興ざめ。
受け手を支配しようと意識せず、
出てきたものを自然に出した作品には素直になれる。
ストイックで有名な平沢さんはどうか。
凄いぞ。
受け手に合わせようという気が全くないんじゃないか!?(笑)
作品ごとにファンが変わるのも辞さない勢い。これは素晴らしい。
素っ頓狂な活動や前フリのややこしさが
誤解を生んでしまうのは仕方ない。
「どうだ!」と胸を張る為に
自らを追い詰めるM気質を理解してあげようじゃないか。
いやんなったらやめればいい。音楽は情で聴くもんじゃないしね。
自分がファンを止めても、平沢さん本人は音楽を作り続ける。
そういうもんだよ。
中将はどうか。やはりストイックだと思う。
人が自分に何を求めているか、
この洞察力を基にした表現に色気は感じない。
むしろ(以下略)

京極夏彦の本を読んでいます。
不確定性理論が出てきました。ときめいています。

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