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『ナスカ展』見終えてまだ15時過ぎの上野。 ライブは19時からだからゴハン…より映画だ! 16時からの回にギリギリ間に合うだろうと渋谷シネクイントへ。 立ち見も出る盛況ぶりだが私はお一人様、空席を頂戴出来た。 『嫌われ松子の一生』 監督:中島哲也 出演:中谷美紀、瑛太、伊勢谷祐介、ゴリ 他 病弱の娘(松子の妹)に執心する父に‘愛されなかった’と思い込み、 この愛情欲求に縛られた女の切なく悲しい生涯。 父親との関係がダメ男に振り回される原因なのだけど、 そんな事を当人が気づくはずもなく、 次々と「私って誰にも必要とされてない」と思わざるを得ない 不幸に襲われるが、そのエピソードを ユーモアあふれる見せ方をした監督の技量が素晴らしい。 口元にほくろのある松子(中谷美紀)と似た顔の女優 (柴咲コウ、濱田マリ)をちゃんと意味のある役柄に配置させ、 その他の豪華出演陣も 「居そうだ!っていうか、居る!」と思わせる配役で、お見事。 松子が妄想する幸福への道筋をCG処理した皮肉さもいい。 音楽も巧妙で、特に、 愛されるより愛する喜びに気付いたシーンで歌われる AIさんの曲が良かった。 心情を表す細かな演出も説明過多にならず、 すんなりと観客に伝えたこの作品、ヒット必然だと思った。 PR 朝早く(といっても10時30分)に家を出、 先週行きそこなった『ナスカ展』へ。 土曜日だからまた長時間並ぶかと覚悟していたが、すんなり入場。 アンデスなBGM(フォルクローレっつうの?よくわかんない)に 雰囲気盛り上がりつつ、ショウケースに近付き過ぎて 後ろの人間に全く気を使わない要領の悪い人々に 心の中で「チッ」と舌打ちしながら(短気)、 あの独特のタッチで描かれる土器や 色鮮やかなテキスタイルの数々を経て、 ミイラやそのレントゲン写真、故意に変形させた頭蓋骨、 脳外科手術の痕跡など、高度な技術に感心。 そして地上絵のコーナーへ。 最初に宇宙人創造説を打ち消しておく説明書きに笑う。 思った以上に多くの図柄があり、 「砂漠地帯でも鵜とシャチがいたんだ〜」と 子供のように感動(ナスカから海近いんですけどね)、 「ふくろう男」の名の由来が気になったりで楽しむ一方、 現地の人々の遺跡への無関心さ(お構いなしに轍作って破壊)に 価値観の違いを痛感。 13分の地上絵観賞シアターは期待したほどの図柄紹介はなく、 「遺跡ロマンに思いを馳せ」みたいな、旅行者募集な構成だった。 商魂たくましい。 最後はおみやげコーナーにて物色。 絵葉書もブックマークも可愛かったけど。 その後、流れで科学博物館へ。生態系を学ぶ一角で、 「わあ、ワクワクの子供みたいな顔!」と思ったら自分だった(笑)。 観賞中の人をモニターで映すささやかな演出に顔を赤くしながら、 リアル図鑑な館内をグルリと軽く見て退出。 考え事は暇でないと出来ない。 その暇がないとストレスで倒れる。 答えの出ない悩みで落ち込むにしても、 考え抜いてスッキリ出来たなら、 精神面でのお休みになったのだと思う。 また、その必要があったのだ。 お疲れさん。 時々如実になるウッカリ、空間処理より目的遂行優先が原因。 例えば、 ・ドアを体の分開ける前に入ろうとして肩をガッとぶつけ、 出る時も体が出切る前に閉めてまた肩をぶつける ・口開ける前にお箸持ってって先端でアゴを突く ・グラス傾けるの早過ぎてダア(流) ・別れ際、首の返しが早過ぎて、 「何よ、フン!」と背を向けたように見えてしまい、 相手を「怒らせた?」と悩ませる ・街中で知ってる人を見かけても、会う約束をしてなければ無視 最後の二つは対人関係で問題になる行動だけど、 いいや別に(鬼)。 映画感想 『エターナル・サンシャイン』 監督:ミシェル・ゴンドリー 出演:ジム・キャリー、ケイト・ウィンスレット、キルステン・ダンスト、 イライジャ・ウッド 他 恋人が痴話喧嘩の末に記憶を消してしまい、 「じゃあ俺も」ってんで処置を受けたんだけども…という話。 なんだかなあ。全くロマンチックな気分になれなかった。 相手を思う強い気持ちに感動するのが普通なのかな? 記憶消去装置の不備ってだけだと思った。 そもそも役者の年齢設定を間違えてる。 昨夜『世界がもし100人の村だったら4』を見た。 AIDSキャリア、家族による虐待、 物乞い生活を送るロシアの少年に涙する桜井幸子。 顔の作りが整い過ぎているからだろうか、 お人形さんのような彼女には昔っからウソくせぇイメージを受け、 泣いても笑っても、 ちょっとばかし演出過剰な振る舞いに見えてしまう。 そうでなくとも、こういう番組は伝え方が難しいと思う。 他に取り上げられたのは 13歳で未婚の母となったアルゼンチンの少女と、 肉体労働に明け暮れ 学校にも行かせてもらえないガーナの幼い兄弟。 ‘貧しさに苦しむ子供’を共通項に、 富める日本人に何を訴え、求めるのか。 募金だボランティアだと、庶民が底辺で頑張るにも焼け石に水。 なぜ貧しさが生まれたのか、 どのように搾取システムが出来上がったのか、 ‘富める大人’の事実だって伝えていただかないと。 金持ちの豪奢な生活やグルメ情報を放送するなとはいわないけど (人間の欲に果てなし。出世願望や向上心のバネにもなるしね)、 視聴率優先なのか、片手落ちだよ。 彼らは人の善意にすがって生きる方法を覚えてしまった。 将来、どのように成長するかはわからないけど、 自分の不幸を犯罪の正統化に使わないでくれたらと思う。 『爽健美茶』のCMだったか、 栗山千明さんがバレエのレッスン中という設定で、 休憩時にのどの渇きを癒すという商品アピール。 そこで最後に見せるフェッテにガクリ。 この手のCMは美しさを前面に出すものだと思っていた。珍しい。 と、イヤミったらしく云ってみたが、これは制作側がイカン。 「バレエでの大きな見せ場といえば…」と安易に決めたんだろう。 しかし、出来はどうですか。 彼女の足はスリッパを履いてるじゃないですか(*)。 軸足も曲がってて、プロでもないのに あそこまで出来れば大したものだけど、 結局は彼女の恥になる。手足長いんだから、 技術的に地味でも美しく見せる技あるのに。 懸命に練習する姿と汗を見せたかった? 成果を見せるべき最後のシーンで? 栗山さん・バレエ・鍛練という、美しさの要素を生かしてない。 んもう、ちゃんと美意識持って作ってちょうだいよ。 *スリッパを履いた状態で足首を伸ばして回転すると 遠心力で飛んで行きます。 つまり、足首を伸ばさないで回転するって事は、 スリッパを飛ばさないよう頑張ってるように見えるという事。 そういう振りもあるけど、基本は足首伸ばし真っ直ぐ美しくなのです。 反省の後、何かを得るよりも消えて行くものがあって欲しい。 自分でも云い過ぎなほどに当HPを貶めたのは何故か。 肖像権や著作権の侵害、 個人情報の漏洩などの犯罪行為に留意し、 健やかに自由に、検閲を通す事無く発信出来る喜びに 満足しときゃあいいものを、自分の至らぬ点ばかりに気が行く。 その点に「改善の余地あり」と前進を試みるか、 「ダメ人間」と断じて立ち止まるか。 私は後者を選び、立ち止まった文章(昨日の雑記)を上げた。 嘆かわしい。 溺れてもないのに「助けて!」か。 元々悩まない性格だった。しかし、世間には 「悩まない人間に深みなし」との定説が転がっていた。 む、バカにされたくないぞ。←自尊心の塊 少々複雑な人間模様に触れて育ったが、 「私に用意された環境はこういうもの」と悟り疑問を持たず、 ゆえに抑えるべき感情も生まれなかった。 悩まない同情しない。そんな私に相談者は言った。 「冷たい」。 一緒に泣けと?一緒に怒れと? 悩みなど「思い通りに行かない」と嘆くワガママ者の戯言、 そんなものを誰が時間かけて聞いてくれる? しかし‘そんなもの’をこうしてネットに上げてしまう訳だ。 という内容を、過去この雑記に書いた気がする。 クドイな、おい。 ま、さしたる話題の無い時は出口の無い話をするものさ。 *** 美容院では毎度「目の下くらいで」と前髪の長さを指定する。 目が最強のコンプレックス。 なぜ目が大きいと人は騒ぐのか。 カラス避けの目玉風船のようなものなのだとすれば、いい気味だ。 忍者ブログ | [PR]
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